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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)548号 判決

原告 東宝株式会社 外二名

被告 蜂須賀智恵子

主文

原告らが各自被告に対し別紙目録記載の不法行為にもとづく金九三、〇〇〇ドルの損害賠償債務のないことを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

当事者双方の申立および主張は別紙要約書のとおりである。

立証〈省略〉。

理由

一、管轄の有無

まず、当裁判所が本件に対する管轄を有するか否かについて考える。

本件は不法行為にもとづく損害賠償債務不存在確認の訴であるが、この種の訴は、右債務の不存在を主張する者(加害者と主張される者)から提起されるものではあるが、その存在を主張する者(被害者と主張する者)から提起される不法行為にもとづく損害賠償請求の訴や損害賠償債務存在確認の訴と訴訟における審理の対象を等しくするものであるから、この場合にも民事訴訟法第一五条第一項が適用され、被告(不法行為にもとづく損害賠償債権の存在を主張している)の主張するところにしたがつて同項にいわゆる不法行為地を決定すべきである。ところで、右不法行為地には行為のなされた地だけでなく、損害の発生した地も含まれると解すべきところ、成立に争いのない甲第一号証の一ないし三によれば、被告は訴外フアームランドエンド・デイブエロプメント・カンパニーと共同して一九五七年(昭和三二年)一〇月三〇日カリフオルニア州上級裁判所(The Superior Court of the state of California )へ原告らに対する損害賠償請求の訴を提起したこと、その訴状には、第一次的な請求原因として、被告は、原告米本がアメリカ合衆国カリフオルニア州でなした別紙目録記載の不法行為により、(1) 昭和二九年一一月ごろ訴外ナシヨナル・ブロードキヤステイング・カンパニー(NBC)に対し映画「海の勝利」の日本における上映権の買取代金として支払つた金一四、〇〇〇ドル、(2) 右映画の日本への輸入免許を得るために代理人を日本へ派遣した費用金三、五〇〇ドル、(3) 右輸入免許を獲得しようとして費した電報代、長距離電話代、法律手続費用その他の費用金六、五〇〇ドルの損失を蒙り、さらに(4) 右映画を日本へ輸入し上映することができた場合に得られたであろう利益金七万ドルを失つたので、これらの損害の賠償を求める旨記載されていることが明らかである。そして、被告の主張する右損害のうち、(2) の一部は被告の代理人が東京滞在中に費した費用であり、(4) の一部も右映画を東京において上映した場合に、東京において得たであろう興行収入の純益金であるから、被告の主張する本件不法行為による損害発生地には東京も含まれるものといわなければならない。

このようにして、当裁判所は、民事訴訟法第一五条第一項により本件に対する管轄を有するものであるから、被告の本案前の抗弁は理由がない。

二、準拠法について

次に、本件の準拠法について考えるに、法例第一一条第一項にいわゆる「その原因たる事実の発生したる地」には少くとも損害発生地をも含むものと解すべきところ、前項において述べたとおり、被告の主張する本件不法行為による損害発生地の一部は日本であり、その余はアメリカ合衆国カリフオルニア州であるが、法例第一一条第二、三項は、第一項により決定される準拠法が外国法である場合にも不法行為の成立要件および効果の両面から日本法による制限を認めているものであるから、これらの趣旨にもとづき本件にはカリフオルニア州法の適用はなく、日本法のみが適用されるものと解するのが相当である。

三、原告米本の不法行為の成否

(1)  弁論の全趣旨により成立を認めることができる乙第四号証の一、二、成立に争いない乙第八号証、被告本人尋問の結果(第二回)により成立を認めることができる乙第二三号証、証人馬淵威雄、同武田俊一、同米本卯吉、同ロバート・フレミング、同ジヨンベツクおよび同フレイジアー・ジー・ホールの各証言(ただし証人ロバート・フレミング、同ジヨン・ベツクおよび同フレイジアー・ジー・ホールの各証言のうち後記信用しない部分を除く)、原告米本正および被告各本人尋問の結果(いずれも第一回、たゞし、いずれも後記信用しない部分を除く)によれば、次の事実が認められる。

すなわち、原告米本は、昭和二九年当時、原告東宝に社員として(参与の肩書も有していた)勤務していたが、ブラジルで開かれた映画祭に出席し、南米の映画市場の調査をなし、帰途ロスアンゼルスにある原告インターナシヨナル(原告東宝製作の映画を南北アメリカへ輸入配給することを主たる目的として原告東宝と訴外熊本俊典が資本を出し合い、カリフオルニア州の法律により設立した法人)の経理の調査をする目的で、原告東宝より派遣されることになつた。そして、原告米本は、南米からの帰途、同年三月二八日ごろロスアンゼルスへ着き、原告インターナシヨナルの経理を調べた結果、その経理状態がよくないことを知りその旨原告東宝へ報告したところ、同原告は原告インターナシヨナルとの映画配給契約は、その期限同年五月末日限り更新しないことにし、原告米本に命じて暫くアメリカ合衆国に滞在し東宝映画の輸入配給の仕事を担当させることにした。そこで、原告米本は、貿易商人の資格を取り旅券の査証を得て、同年六月一日よりトウホウ・フイルム・デイストウリビュータースの名称で事務所を構え、右東宝映画の輸入配給の仕事にたずさわることになつた。一方、被告は、当時ロスアンゼルスに滞在していたが在米生活も長く、英語にも堪能であつたことから、原告米本の父訴外米本卯吉から滞米中の原告米本の世話を頼まれたため原告米本と知り合い、同人を被告の家へ招待して食事をともにしたりしているうちに、同人に対しいろいろの援助をなすに至つた。その援助の具体的内容は、原告米本を食事に招待したり、同人の通訳などの仕事をする邦人を紹介したり、被告自身も暇をみては通訳、手紙などの飜訳、タイプ打ちなどを手伝つたり、原告米本のアパートを世話したり、原告東宝の映画の販売のための試写会を催してやつたり、原告米本がハワイへ出張するにあたりその旅費を他人から借りてやるなど、異国の地にある原告米本にとつて極めて親切なものであつた。訴外ロバート・フレミングは、アメリカ合衆国による日本占領期間中、合衆国政府の役人として日本に滞在していたが、そのころ被告と知り合い、また、訴外新東宝株式会社の製作映画「大空の誓」に出演したりしたこともあつて映画の製作などに関心をもつていた。訴外ロバート・フレミングは、昭和二九年五月ごろ被告から原告米本がロスアンゼルスに滞在していることを聞き、原告東宝と共同して映画を製作することを計画し、映画の独立製作者である訴外ジヨン・ベツグとも相談のうえ、右合作映画の話をすすめるため被告より原告米本へ紹介してもらい、同人へ接近するに至つた。

そして、原告米本とロバート・フレミングおよびジヨン・ベツグとの間で合作映画のことが話し合われ、その間被告は原告米本のため通訳の労をとつていたが、そのうち右四者の間でアメリカ映画を日本へ輸入して利益をあげる話が持ち出され、アクシヨンの強いものがいいとの原告米本の指示により戦争映画である「海の勝利」が選ばられ、昭和二九年八月三日ごろ同映画の試写会が行われた。その試写会には原告米本をはじめ被告ジヨン・ベツグ、ロバート・フレミングが出席したが、試写の終了後、原告米本が被告らに対し「右映画はすばらしいものであり日本で配給上映したら成功するに違いない。右映画の日本への輸入免許は取得できる。」旨告げたので、被告らも右映画の日本輸入に強い関心を示し、皆で協力して右輸入を実現しようということになつた。そこで、ただちにジヨン・ベツグとNBCの代理人である訴外ジヨージ・シエフアーとの間に、右映画の日本における配給上映権買取の交渉がなされ、同月五日右シエフエアーは右配給上映権を金一四、〇〇〇米ドルにて売渡すことを承諾した。その後の契約書作成などに関するNBCとの交渉は被告から依頼を受けたニユーヨーク在住の弁護士ジヨージ・山岡を通じて主としてなされ、被告の提案により原告米本や被告の実父訴外永峯はるゆきらと相談のうえ訴外フアームランド・エンド・テイブエロプメント・カンパニー(以下フアームランドという。なお同社の実権は永峯はるゆきが握つていたものと思われるが、その詳しいことは明らかでない)において右映画を買取ることになり、フアームランドは被告の交渉にもとづき同年九月二四日カリフォルニア東京銀行より金一八、〇〇〇米ドルを借り入れ、さらに同年一一月ごろそのうちから金一四、〇〇〇米ドルを代金としてNBCへ支払い、右映画の日本における配給上映権を買取つた。ところで、一方、原告米本は、まず原告東宝に輸入免許の前提である輸入割当につき問い合わせたところ、すでに使用ずみである旨の返答を受けたので、次に新東宝株式会社の営業調整部長をしていた訴外武田俊一に問い合わせたが、同人からも利用できる輸入割当はない旨の返答を受けた。しかし、原告米本は、責任をもつて右輸入免許を取得する旨被告らに告げていたので(乙第二七号証はこのことを物語るものである)、何とかしてこれを取得するよう努め、昭和三〇年二月ハワイにて武田俊一に会つた時も再度同人へ依頼したりした(その際、原告米本から被告へ電報を打つたのが乙第八号証である)が、ついに輸入割当したがつて輸入免許を取得することができず、映画「海の勝利」の日本輸入は成功するに至らなかつた。

このように、映画「海の勝利」の日本輸入を企てたのは原告米本、被告、ロバート・フレミングおよびジヨン・ベツグの四名であり、いずれも右輸入が成功した暁には利益を得ることを目論んでいたものである。

右の事実が認められる。

証人ロバート・フレミング、同ジヨン・ベツグ、同フレイジアー・ジー・ホールおよび同ベス・ヘニングの各証言ならびに被告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分、すなわち「映画『海の勝利』の日本における配給上映権の買取りを企てたのは原告東宝ないし原告米本であるが、原告米本が被告に対し『原告東宝には右配給上映権を買取るために必要な米ドルがないので、これを立替えてくれ。

その立替金は六月以内に返還する。右映画の日本への輸入免許は原告東宝が責任をもつて取得する。』旨懇請したので、フアームランドが原告東宝に替つて同人のために右配給上映権を買取るはめになつたものである」との部分は、

(イ)  証人馬淵威雄の証言に原告米本および被告各本人尋問の結果(いずれも第一回)を合わせ考えると、馬淵威雄(原告東宝の役員をしていた)は昭和二九年八月九日ごろロスアンゼルスに着き四、五日間同地に滞在し、原告米本とはほとんど連日、また被告とも数回会い、被告の案内によりスタジオ見学をしたこともあるが、その間、馬淵威雄と原告米本や被告との間に映画「海の勝利」の日本輸入の話のでたことが認められないこと(前記認定のとおり八月五日にはすでに配給上映権の買取代金額が内定していた)、

(ロ)  弁論の全趣旨により成立を認めることができる乙第二〇号証によれば、弁護士ジヨージ・山岡が、昭和二九年の秋、被告に対して映画「海の勝利」の取引に立ち入らないよう説得に努めたことおよび被告は右弁護士の説得を押し切つて右取引に立ち入つたものであることが認められること(このことは被告自ら右取引になみなみならぬ関心を抱きこれに積極的に関与したことを示すものといわなければならない)

に照らし信用できない。

また、成立に争いのない乙第五号証の一、二によれば、米本卯吉が昭和二九年八月二〇日被告に宛てた手紙には「昨日国際電話で依頼を受けた金融の件は日本の国際経済事情により困難である。」旨の記載のあることが認められ、証人米本卯吉の証言によれば、同人は当時原告東宝の取締役会長であつたことが認められるから、原告米本は、右日時ごろ米本卯吉に原告東宝の右映画の上映権買受代金の督促をなし、それに対する拒絶の返事が米本卯吉の右手紙であり、そのことが原告東宝が右映画の上映権の買主であつたとの結論を推認せしめる根拠となるのではないかとの疑を生ぜしめる恐れがあるが、右手紙と米本卯吉が原告東宝の取締役会長であつたことから直ちに右結論を導き出すことは早計である。すなわち、右認定の通り右映画の日本輸入を企てたのが原告米本、被告ロバート・フレミングおよびジヨン・ベツグの四名である場合においても、原告米本がその上映権買受代金の調達を米本卯吉に依頼することも十分考えられることであるから、これを不問に付して前記事実から前記結論を出すことはできないのである。さらに、もし原告東宝が右映画の上映権の買主であつたとすれば、そしてまた、右手紙が原告米本が原告東宝に対するその買受代金の督促に対する返事であるとすれば、米本卯吉は、右手紙で右映画の上映権のことに触れるべきであることは経験則上明らかである。しかるに右手紙はこのことに関して一言も触れていない。また右手紙の「金融」なる表現自体について考えても、もし、右手紙が右映画の上映権買受代金調達の依頼に対するものであるとすれば、「金融」なる文言に代え「代金」等の文言を使用するのが普通であると考えられる。これらのことと原告米本の前記滞米中の生活は、トウホウ・フイルム・デイストウリビユータースの責任者ないしは原告東宝の代理権のある駐在員としての体面を維持するには十分な経済的余裕のあるものではなかつた(このことは被告本人尋問の結果によつて認められる。)ことを考え合わせると原告米本の金融の依頼および米本卯吉のそれを拒絶する旨の右手紙は右映画の上映権買受代金以外の融資を意味するものであると推認することも決して無理なことではない。そうすると、右乙第五号証の一、二は右認定の妨げとなるものではない。

また、原告米本本人尋問の結果のうち前記認定に反する部分すなわち「映画『海の勝利』の日本輸入を企てたのはもつぱら被告らであつて、同人らに頼まれて原告米本は輸入が実現するよう原告東宝などへ斡旋の労をとつたにすぎない」との部分は前記各証拠および原告米本が輸入免許を得ようと執拗なまでに努力している事実(このことは原告米本本人尋問の結果により認めることができる)に照したやすく信用できない。

他に前記認定を覆えすに足りる証拠はない。

(2)  右(1) で認定した事実に基づけば、被告が主張する別紙目録記載の不法行為のうち、「原告米本は、昭和二九年八月三日後間もなく、被告に対し映画『海の勝利』の日本における上映権を買い取る資金を返済する意思がなく、かつ右映画を日本へ輸出する見込のないことを知りながら『原告東宝株式会社は右映画の日本上映権を買い取るために必要な米貨を持つていないが、被告が原告東宝株式会社のためにこれを立替えてくれれば、その立替金は六カ月以内に返還する。右映画の日本への輸入免許は原告東宝株式会社が日本で提供する』と云つた」事実の存在しないことは明らかであつて、映画「海の勝利」の日本への輸入の企画は、原告米本、被告、ロバート・フレミングおよびジヨン・ベツグが相互に意思を疎通して、利益を得る目的で共同して、その実行を図つたものであり、いわば、右四者の共同事業であつて右四者は、その実行に着手して失敗したものであるといえる。そうすると、被告の主張する別紙目録記載の不法行為のうち、前記不存在の事実を前提とする部分は失当である。

ところで、右(1) で認定した事実に基けば、右共同事業の企画にあたり原告米本が被告らに対し「右映画はすばらしいものであり、日本で上映したら成功するに違いない日本への輸入免許は取得できる。」と告げたことが右共同事業企画の決定的原因であり、したがつてフアームランドが右映画の日本における上映権を買受けた原因であり、また右共同事業が成功するに至らなかつたのは右輸入免許が取得できなかつたためであることは明らかである。ところで、被告が主張する別紙目録記載の不法行為のうちには、本項((2) )冒頭でその存在を否定した事実の他に右映画の日本への輸入の企画が前記の如き共同事業であつたとしても、原告米本が被告を欺罔する故意を以て右言動に出でたことは原告米本の被告らに対する不法行為であるとの事実を含むものと解される。したがつて、被告の主張する不法行為の成否は、もつぱら、原告米本の右言動に係るものなるところ原告米本が右言動に出でたことについて原告米本が被告らを欺罔する故意を持つていたことについては前記(1) で認定した事実によつてはこれを認めることができず、また既に信用しないものとして排除した各証拠を除くその余の証拠を以てしてもこれを認めることができない。

四、むすび

してみると、原告米本には被告主張の別紙目録記載の不法行為はないから、その余の点を判断するまでもなく、原告らは、いずれも被告に対し右不法行為にもとづく金九三、〇〇〇ドルの損害賠償債務を負担しないものといわなければならない。

よつて、原告らの請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西山要 西川豊長 上田豊三)

(別紙)

要約書

(原告らの求める裁判)

「一、原告らが各自被告に対し別紙目録記載の不法行為にもとづく金九三、〇〇〇ドルの損害賠償債務のないことを確認する。

二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

(原告の請求原因)

一、被告は自己が代表者であるフアームランド・エンド・デピロプメント・コンパニーと共同して原告らに対し「詐欺および欺瞞による損害賠償請求」の訴をロスアンゼルス・カウンテー上級裁判所に提起し、次のとおり主張している。

(一) 原告米本は被告に対し別紙目録記載の不法行為をした。

(二) 被告は原告米本の右の言葉を信じたゝめ、次のとおりの損害を蒙つた。

(1)  昭和二九年九月二四日右映画の日本上映権買取代金一四、〇〇〇ドルを東京銀行ロスアンゼルス支店から借り受け、同年一一月中右映画の所有者であるナシヨナル・ブロードキヤスチング・コンパニーに右映画の買取代金として一四、〇〇〇ドルを支払つた。

(2)  右映画の輸入免許を得るため代表者を日本に派遣し金三、五〇〇ドルの費用を要した。

(3)  右映画輸入に関し通信費、法律手続費その他の費用として金六、五〇〇ドルを要した。

(4)  右映画を日本に輸入することができた場合得られる金七〇、〇〇〇ドルの利益を失つた。

このように、被告は合計金九三、〇〇〇ドルの損害を蒙つた。

(三) 当時原告米本は原告東宝株式会社(以下原告東宝という)および原告インターナシヨナル・トウホウ・インコーポレーテツド(以下原告インターナシヨナルという)の取締役であつたから、前記原告米本の不法行為にもとづき原告米本、原告東宝および原告インターナシヨナルは被告に対し金九三、〇〇〇ドルの損害賠償義務がある。

以上のとおり被告は主張している。

二、しかし、原告米本には被告主張のような不法行為がない。よつて、原告らは各自被告に対し、右不法行為にもとづく金九三、〇〇〇ドルの損害賠償債務のないことを確認する、との判決を求める。

(被告の本案前の抗弁に対する答弁)

民事訴訟法第一五条の不法行為地には不法行為そのものゝ発生地のみならず、損害発生地をも含むと解すべきである。被告の主張によると、被告が蒙つたと称する損害のうち、東京で発生したと認むべきものは次のとおりである。

(イ) 原告の請求原因一(二)(2) の金三、五〇〇ドルのうち二、〇〇〇ドルは被告の使者が東京都内帝国ホテルに滞在した宿泊費、食費、自動車代等であり、六三〇ドルは右使者が東京からアメリカへ帰るに際し東京で支払つた帰路の飛行機運賃である。

(ロ) 同一(二)(3) の金六、五〇〇ドルのうち三、〇〇〇ドルは被告が「海の勝利」の輸入免許がとれない理由を発見しようとし、かつ他の経路を通じて輸入免許を得るため東京滞在中アメリカと連絡をとつた通信費(電報料、長距離電話料等)である。

(ハ) 同一(二)(4) の金七〇、〇〇〇ドルは右映画を主として東京で上映されたら、被告が東京で得たであろう興行収入の純益金である。

このように、被告の主張する大部分の損害は東京で発生したというべきであるから、本件訴は東京地方裁判所の管轄に属するといわなければならない。

(被告の主張に対する答弁)

一、第一項のうち、原告東宝が被告主張のとおりの株式会社であり、原告インターナシヨナルがカリフオルニア州の法律によつて設立された法人であること、原告米本が昭和二九年以前から原告東宝の被傭者として勤務し、昭和二九年六月ないし九月当時は原告東宝からアメリカ合衆国に派遣されていたことは認めるが、その他の事実は否認する。

二、第二項は否認する。原告米本は昭和二九年五月二七日頃アメリカ合衆国で被告と知り合つた。その頃原告米本は被告からアメリカ映画の日本への輸入等の申込みを受け、直ちにこれを断るのもわるいと考え、被告に何か試写をみようといつたところ、同年八月三日「海の勝利」の試写をみせられた。そこで原告米本は一応原告東宝本社営業部に右映画輸入希望の有無について照会の労をとつたところ、同営業部からその希望がないという返事を受け取つたので、被告にその旨を伝えるとゝもに、映画の日本への輸入には免許が必要であり、代金の支払いには為替管理があつて日本への映画輸出は容易でないことを何回となくつけ加えた。その後も原告米本は被告からしばしば同じことを懇請されたので、株式会社新東宝の配給調整部長をしていた武田俊一に照会したが、各方面の映画会社でも輸入の希望がない旨の返事を受け、昭和二九年九月一三日被告が原告米本の事務所を訪ねた際、被告に右の返事の趣旨を伝え、「海の勝利」の映画の日本への輸出の斡旋は今後一切ことわる旨述べた。

しかるに、被告はロバート・フレミングらとゝもに日本に有力者の知人があるのを奇貨とし、日本に右映画を持ち込み巨利を博することを夢み、輸入免許のないことを承知で強引にも右映画を日本に持ち込んで自ら失敗したのである。

三、第三項のうち被告が右映画を日本に持ち込んだ点を除き否認する。

四、第四項は争う。原告インターナシヨナルは昭和二八年七月一七日設立され東宝映画の輸入配給等の営業を目的としていた会社であり、事務所はロスアンゼルス市にあり、社長は熊本俊典、資本金四、八〇〇ドルは原告東宝と熊本とが五〇パーセントずつ出資したのである。原告東宝の被傭者(社員)であつた原告米本は昭和二九年三月二八日原告東宝から派遣されロスアンゼルス市において原告インターナシヨナルの経理を調査したところ、経理状態は赤字続きであつたので、社長熊本に忠告したが容れられなかつた。原告東宝は原告米本からこの報告を受け、昭和二九年五月末日限りで東宝映画を原告インターナシヨナルに配給することを止めた(映画配給契約の期限が同日であつた)。そしてあらたに原告米本は形式上原告東宝の社員たる身分を保有したまま(原告東宝は留守宅手当(給料相当額)は支給したが、一般に支給される現地の給料は支給しなかつた。)個人で同年六月一日ロスアンゼルス市に「東宝フイルム配給所」(トウホウ・フイルム・デストリビユータース)という事務所を設置し、東宝映画の輸入配給事務を行い、その利益はすべて原告米本が取得した。したがつて原告米本は本件不法行為当時なんら原告東宝の職務は行つていなかつたのである。またその後原告東宝と原告インターナシヨナルとの間に合意ができたので、それにもとづき東宝映画を再び原告インターナシヨナルに配給することにし、それまで原告インターナシヨナルと関係のなかつた原告米本が右事務所を閉鎖し昭和二九年一一月一日熊本俊典に代り原告インターナシヨナルの社長に就任し翌年九月上旬帰国するまでその地位にあつた。このように、原告米本は本件不法行為当時原告インターナシヨナルとは何らの関係もなかつた。

五、第五項は争う。法律第一一条第一項は「原因たる事実の発生したる地の法律による」旨規定しており「原因たる事実の発生したる地」には損害発生地も含まれると解すべきであるから、損害発生地である日本法をもつて準拠法とすべきである。さらに同条第二、三項は不法行為の成立要件および効果の両面から法廷地法である日本法の適用を認めているのであるから、この点から見ても本件について日本法(民法)を適用すべきものである。

(被告の求める裁判)

一、本案前の裁判

「原告らの訴をいずれも却下する。」との判決。

二、本案についての裁判

「一、原告らの請求をいずれも棄却する。二、訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

(本案前の抗弁)

本件不法行為地および損害発生地はいずれもアメリカ合衆国であるから、民事訴訟法第一五条第一項(不法行為地の特別裁判籍)を適用する余地がなく、したがつて、本件訴の管轄は東京地方裁判所にはない。このような場合、本件訴を被告の住所地の管轄裁判所に移送すべきでなく、不適法として却下すべきである。

(原告の請求原因に対する答弁)

被告がアメリカ合衆国で、フアームランド・エンド・デピロプメント・コンパニーと共同して原告らに対し「詐欺および欺瞞による損害賠償請求」の訴を提起し、そこで別紙目録記載のとおり原告米本の不法行為にもとずき原告の請求原因一(二)(3) のうち金六、〇〇〇ドルの損害金を請求していることは認めるが、その他の点は否認する。被告が訴を提起したのはカリフオルニヤ地方裁判所であり、原告の請求原因一(二)のうち右六、〇〇〇ドル以外は被告が請求しているものではない。

(被告の主張)

一、原告東宝は映画の製作、配給等の営業を目的とする株式会社(日本国法人)であり、原告インターナシヨナルは映画の日本、アメリカ間の輸出入、配給または上映等の営業を目的とするアメリカ合衆国カリフオルニア州の法律によつて設立された法人である。原告米本は昭和二九年以前から原告東宝の被傭者として勤務し、原告東宝の取締役であつたが、昭和二九年六月ないし九月当時は原告東宝からアメリカ合衆国に派遣され、ロスアンゼルス市で原告東宝の事務所を開設しその総支配人として映画の輸出入に関する業務を行つていたものであり、かつ原告インターナシヨナルのアメリカ合衆国における総支配人であつた。

二、原告米本は昭和二九年六月頃から同年九月下旬頃までの間被告に対し別紙目録記載の不法行為をした。

三、被告は原告米本の右の言葉を信用し、「海の勝利」を買い取り東京へ発送したが、輸入免許がとれず、日本での上映は不可能となつた。そのため、被告はその頃「海の勝利」と題する映画の上映権の買取りを容易にするために原告米本を映画会社に紹介した披露パーテイの費用および右映画を買い取るための手続上の諸費用として金四、〇〇〇ドルを支出し、さらに原告の請求原因一(二)(3) の金六、五〇〇ドルのうち金六、〇〇〇ドルを支出し原告米本の前記不法行為によつてこれら合計金一〇、〇〇〇ドルの損害を蒙つた。

四、原告米本の前記不法行為は原告東宝および原告インターナシヨナルの被傭者として右両原告会社の職務の執行について行つたものであるから、原告米本は不法行為者として、右両原告会社は使用者として各自被告に対し、金一〇、〇〇〇ドルの損害賠償義務がある。

五、右不法行為地および損害発生地はいずれもアメリカ合衆国カリフオルニア州であるから、右不法行為について適用されるべき準拠法は不法行為地のカリフオルニア州法である。

目録

(原告米本の不法行為)

原告米本は昭和二九年八月三日アメリカ合衆国で被告の世話により「海の勝利」(ビクトリー・アト・シイ)と題する映画の試写をみたが、その後間もなく被告に対し、右映画の日本上映権を買い取る資金を返済する意思がなく、かつ右映画を日本へ輸出する見込のないことを知りながら、「この映画を日本で上映すれば非常に商売になる。原告東宝株式会社は右映画の日本上映権を買い取るために必要な米貨をもつていないが、被告が原告東宝株式会社のためにこれを立替えてくれゝば、その立替金は六カ月以内に返還する。右映画の日本への輸入免許は原告東宝株式会社が日本で提供する。被告はこれにより同映画の興行収入の純益より配分金を受けるだろう。」と云つて、これを被告に信じさせ被告を騙した。

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